臨床に学ぶ会

臨床に学ぶ会 概要

「臨床に学ぶ会」は東京銀座・京橋で 2011年から現在(2016.3)まで6年間続く鍼灸臨床の勉強会です。2カ月に1回の頻度で活動しています。

「患者中心の医療」を実践するため、医療面接の考えを基に患者さんの病歴を重視し、臨床能力の向上を目指しています。

臨床歴8年から20年までの6名の開業鍼灸師で構成されています。会ではメンバーがそれぞれの症例を持ち寄り、全員でその内容を検討しています。

具体的には医療面接によって病歴を聴くこと、臨床推論によって論理的に病態の判断をし、疾患の鑑別、鍼灸の適応の有無、治療方針の検討を行っています。

また全員が共有していない技術については、実技供覧を行うことで確認をしています。

疾患や治療法だけでなく、患者さんの気持ち、治療に対する期待感、生活への影響など多様な視点から、日々の臨床が患者中心の医療の考えに沿っているかを真剣に検討しています。

症例検討の意義は、客観的な視点で症例を見直し、掘り下げることで症例に対する深い理解、様々な意見、視点、心構えを学ぶことにあります。

共に学ぶことで、ひとりでは解決できなかった問題を、様々な臨床上の成功例、失敗例、最新の知識などを共有することで気づきが生まれ、臨床上のヒントを得ることができます。

メンバー同士、本音の議論を進めながらも、自由に自分の意見・考えを述べ、他の人の考えや治療法を学ぶことができ、相談できる点が本会のひとつの特徴でもあります。

このように、患者さんが求める医療に応じるため、意欲と情熱をもって「臨床に学ぶ会」は運営されています。

現在はメンバーそれぞれの都合により勉強会は不定期でしています。

院長写真

症例報告 上腕内側の痛み

第6回臨床に学ぶ会
平成23年8月7日
増田喜代美
上腕前側の痛み

OS:頸肩凝りで定期的に鍼灸治療を受けている64歳の男性が右上腕前側の痛みを訴えた。

説明モデル:風呂場のカビ取り掃除で、タイルの目地を歯ブラシでごしごしこすったのが原因しているかもしれない。筋肉痛だと思う。
       
受診動機: 今日は、右上腕前側も気になるのでいつもの頚肩こりと一緒に診てほしい。

症例:64歳、男性
初診:平成23年 1月 9日
主訴:右上腕前側が痛い

現病歴:
以前から頚肩こり症状で2週間に1回、鍼灸治療を受けていた。
今回、2週間前、大掃除で風呂のカビ取りをした。カビはひどく、大変な作業だった。その後から徐々に右上腕前側に痛みを感じるようになった。右腕を使うと痛くなるので、筋肉痛だと思い心配はしなかった。なるべく右腕は使わないように生活している。
現在、常に右上腕前側がだるく、自分の腕でないような感じがする。通勤鞄を持つ、傘をさす等の動作をしていると数分で増悪、ジーンと痛くなる。右腕を使わなければ症状は徐々に緩解する。随伴症状はパソコン仕事を続けていると前腕外側に違和感が現われる。

自発痛(なし)、夜間痛(なし)、外傷歴(なし)、うがいで症状誘発しない、上着の着替えで症状誘発しない

食欲(あり) 排尿・排便(良い) 体重減少(なし) 睡眠(良好) 発熱(なし)
飲酒(毎晩、ビール500ml) 喫煙(しない) 趣味(ガーデニング・登山)

既往歴:なし

身体診察:身長169㎝、体重71kg、BMI26,6
圧痛が右上腕二頭筋遠位に検出された。
筋緊張が右上腕二頭筋・右斜角筋に認められた。
発赤・熱感・腫脹は認められない。

初診診断:胸郭出口症候群
根拠:①腕を酷使後、徐々に発症した。
   ②だるく、自分の腕でないような感じがする。
   ③通勤鞄を持つ、傘をさすと増悪する。

鑑別診断:頸椎症性神経根症;うがいで症状誘発しない
     肩板炎;肩に症状がない       
治療:
タイルの目地を歯ブラシでごしごしこすったことにより、胸郭出口症候群が発症したと説明をした。問題は「右腕を使えないこと」。ペインスケールの指標は「通勤鞄を持っている時の痛み」。計画は2週間に1回の全身治療に加えてすることにした。

鍼灸は仰臥位でステンレス鍼50㎜-0.2㎜を使い左右の扶突3㎝、30㎜-0,16㎜を使い右上腕二頭筋圧痛点と手三里0,7㎝斜刺10分置鍼。腹臥位でステンレス鍼50㎜-0.2㎜を使い左右の5頚2㎝、その他背部反応点へ刺鍼し10分置鍼。
生活指導はストレッチ体操をしていただくことをお願いした。

経過:
第2回(14日目)ペインスケールスケール10→4 鞄や傘は数分で反対の手に持ち替えている。
第5回(56日目)ペインスケールスケール10→4 治療直後は毎回、軽快した感じだったが鞄や傘等の症状は変わらなかった。庭木の手入れをしたいが使えば痛くなるから我慢している。右肘、屈曲の力が弱くなった感じがする。
2・3・4回目の治療効果がなかったため、原因は胸郭出口症候群ではないと考えた。右肘、屈筋力低下の訴えも加わり、筋皮神経の絞扼障害を推測した。

身体診察:烏口腕筋に著明な硬結が認められ、前腕橈側に触覚鈍麻が検出された。

再診断:筋皮神経の絞扼障害
根拠:①肘、屈曲の力が弱いと感じる
   ②烏口腕筋の著明な硬結 
   ③前腕橈側に触覚鈍麻が検出

鍼灸は上腕を外転し前腕を枕で支え、40㎜-0,18㎜を使い烏口腕筋の硬結部に斜刺1,5㎝・烏口突起先端へ斜刺5㎜刺入10分置鍼を加えた。

第6回(70日目)ペインスケール10→2、前回の治療がよかった。腕が軽くなって自分の腕に戻った感じがする。前回と同様の治療をすると置鍼中に烏口腕筋がピクピク動きその直後硬結が消失し、上腕二頭筋の筋緊張は無くなった。
第7回(84日目)ペインスケール10→0,5通勤鞄は右腕で持ち続けられる。庭木の手入れをしたが痛みはなかった。

症例のポイント
・肘、屈曲の力が弱いと言われたら烏口腕筋を調べよう。
・烏口腕筋の触診は上腕外転位ですると分かりやすい。

参考文献
上肢の外科 医学書院 P419
骨格筋の形と触診法 P163-164大峰閣
矢吹省司,他:筋皮神経のentrapment neuropathy の1手術例.整形・災害外科33:525-528,1990
平野篤,他:筋皮神経単独麻痺の1例.整形外科42:802-804,1991

 

症例報告 右下腿内側の痛み

第10回 臨床に学ぶ会                               2012 4 1   
増田正人
右下腿内側の痛み
OS:  ジョギングをしている42歳の男性が、
右下腿内側の痛みと感覚異常を訴えて来院した。

説明モデル:皮膚科で帯状疱疹と診断されたが、発疹がないため違うのではないかと思っている。病気は何なのか心配している。
受診動機:このまま回復しなければペインクリニックを紹介するといわれたが、大げさな感じがする。鍼灸治療で対応できるなら、お願いしたいと思い来院した。

症例 42歳、男性 会社員
初診 2011年6月28日
主訴 右下腿内側の痛みと感覚が鈍い
現病歴 20代から週末に約5~10km ジョギングをしているが、過去に今回のような症状はなかった。
今回の症状は2週間前、自宅でくつろいでいたとき、急に右下腿内側から内果周辺にかけて、ピリピリとした痛みが現われた。その後、手で下腿を触ると鈍く感じるようになった。ズボンを履くとき生地が触れると皮膚表面が、ピリピリあるいはチクチクと痛くなってきた。そのため自宅では半ズボンで過ごしている。12日前、心配になり皮膚科を受診「帯状疱疹」と診断された。抗ウイルス剤、ビタミン剤、消炎鎮痛剤を服用しているが症状の変化はない。痛みや感覚異常の強さは日によって波がある。ジョギングは痛みが強くならいため、今までどおり続けている。
現在の症状は動作に関係なく、右下腿内側、足関節内側と下腿前外側の一部(図1)に痛みと感覚鈍麻を感じている。寝ていて反対の足が触ると痛いときがある。増悪因子は下腿内側をタオルで拭くとチクチク痛みが強まる。緩解因子は静かにしていても常に痛みはあるが触れなければ弱い。随伴症状なし。歩行時痛なし。ジョギング中や終了後、痛みは強くならない。ジョギングや歩行時に足関節の筋力低下はない。左の下肢には症状はない。腰殿部の痛みはない。洗面など前かがみ動作で症状の再現はない。準備体操で腰の後屈をしても症状は増悪しない。入浴で症状は増悪しない。自発痛あり。夜間痛なし。外傷歴なし。
既往歴 左足底腱膜炎(34歳)。糖尿病なし。
一般健康状態  喫煙歴なし、飲酒は付き合い程度
面接バイタルサイン 食欲あり、体重減少なし、睡眠よい、排泄問題なし、発熱なし。
家族歴 特記すべきことなし。
身体診察
 身長174cm、体重67kg、BMI22、右内転筋管出口(関節裂隙から7~8横指上)に圧痛が検出された。下腿内側、足関節内側、前脛骨筋部の一部に触覚障害(+)鈍麻、右下腿内側部の筋緊張が健側と比べ少し強い。下腿内側中央1/3~下方1/3に圧痛は認められない。脛骨上に圧痛は認められない。下腿に紅斑や皮疹は認められない。下肢の筋委縮は認められない。
後脛骨動脈拍動(正常)、下腿内側部と膝関節の熱感・腫脹・発赤は認められない。PTR(正)、ATR(正) 。

臨床診断
診断名: 伏在神経絞扼障害(内側下腿皮枝)
根拠
1、ズボンをはくとき生地が触れると、チクチク、ピリピリと痛い。
2、痛みや感覚異常の強さは日によって波がある。
3、タオルで下腿内側を拭くとチクチクする痛みが増悪する。
4、痛みと感覚異鈍麻の範囲が、伏在神経領域と一致している。
鑑別診断
シンスプリント(脛骨過労性骨膜炎):ジョギング中や終了後、症状が増悪しない。
  脛骨内側中央1/3~下方1/3領域に圧痛が認 められない。
下腿のコンパートメント症候群:ジョギング中や終了後、症状が増悪しない。
外傷歴なし。
脛骨疲労骨折:ジョギング中や終了後、症状が増悪しない。脛骨上に圧痛は認められない。
帯状疱疹:紅斑、皮疹が認められない。
腰部椎間板ヘルニア:腰部の動きによって増悪しない。

治療とその効果
患者さんには病歴と身体診察から、伏在神経絞扼障害(内側下腿皮枝)であることを説明し納得して頂いた。この病気は鍼灸治療で改善することを伝え、50%回復するまで5日に1回の治療を提案した。しかし仕事の都合上、7日から10日に1回の治療計画とした。経過観察の指標は増悪因子の『タオルで下腿内側を拭くと症状が強まる』とした。
第1回(1日目) 
伏臥位で右気海兪に60mm-0,24号(2寸-5番)で5cm直刺。腎兪、大腸兪に50mm-20号(寸6-3番)で2~3cm直刺、15分置鍼。40mm-18号(寸3-2番)内転筋管出口(関節裂隙から7~8横指上方)に斜刺で1cm、陰陵泉(脾)、漏谷(脾)、三陰交(脾)、蠡溝(肝)、中封(肝)、太谿(腎)、上巨虚(胃)に0,5~1cm直刺、15分置鍼。気海兪のみ糸状灸3壮。
生活指導はクーラーの風が直接、下肢にあたらないようお願いした。
第2回(第10日目)
痛みと感覚異常の範囲が下に移動した感じがする。
大腿内側部を叩くと下腿のしびれが再現される。
ペインスケール10→8
就寝時、クーラーが直接当たらないよう、パジャマをはいてもらうよう指導した。
第3回(16日目)
痛みと感覚異常の範囲は変わらないが、痛みの程度は弱くなった。
ペインスケール10→5
右気海兪の鍼を75mm-0,24(2寸5分-5番)5cm刺入
第4回(24日目)
5日前に12kmのジョギングと多量の飲酒をした影響か、2日間は痛みが強かった。
ペインスケール10→4、右内転筋管のチネル徴候(+)
下腿の反応点へ灸点紙3壮加えた。
第5回(37日目)
タオルで拭いてもチクチクする痛みは感じなくなった。
ペインスケール10→0
しかし感覚鈍麻は残存しているため、下腿の反応点は糸状灸3壮に変更した。
内転筋管出口、陰陵泉、蠡溝に円皮鍼。
第8回目(99日目)
感覚鈍麻は9割回復し、ほとんど気にならなくなった。

現在1か月に一度治療継続中。
症例のポイント
スポーツ選手が下腿内側の痛みを訴えたら、伏在神経絞扼障害(内側下腿皮枝)も鑑別に入れる。

参考文献
整形外科最少侵襲手術ジャーナル 膝の診断のコツとpitfall 2005年、NO36、
P72~75
関節外科 2011、6、 P88~93、95~102、
下腿と足の痛み 1996年4、P220~224